PDCAサイクルで考える刺繍パッチ・ワッペンの仕様の話(&仕様外の話)
こんにちは。sacom worksです。
今回のコラムでは「仕様」についてのお話をさせていただきたいと思います。
刺繍技術(の仕様)は業者独自のものが多い
マニアックな業態なのであまり知られていませんが、刺繍パッチ・ワッペン、それ以外の刺繍業界には共通する仕様というものがありません。
このためsacom worksでは、スムーズなご依頼と精度を確保するための仕様を作る取り組みをしています。
刺繍に似た業態として「印刷」がありますが、印刷業界ではCMYKでデータを作るとか、フチに塗り足しを設定するとか、端から3mmには文字などの重要な情報は入れないなどの共通のルール(仕様)があります。
仕様は業務中や職業系の高校や専門学校等で学ぶことができますが、刺繍を学べる専門学校というのは私自身聞いたことがありません。
もしかすると服飾系の学校で習う事はあるかもしれませんが、刺繍機を使うコンピュータ刺繍と服飾は同じミシンを使うものであっても、似て非なるものだと私は考えています。どちらかといえば土木建築に近いです。
また、個人やミシン店などが行っている(コンピュータ)刺繍教室もありますが、やはり統一した仕様のカリキュラムがあるわけではなく、ミシンメーカーの講座を元にしたものとか、どこかの刺繍店で修行したとか、個々の経験値で構成されたものではないかと思います。
さらには同じメーカーのミシンでも業者ごとに使い方は違うもので、説明書を無視した使い方をすることもあります。最近触った刺繍業の先輩のミシンも独自の工夫がなされており、「この発想はなかった!」と驚かされました。(もちろん説明書にない使い方をするということは、自己責任となります。)
刺繍に関しては、それぞれの業者がトライ&エラーを重ね、腕を磨いて独自の技術を確立しているのが実態ではないかと思います。
一方、仕様が細かく設定されている業態というと、工業製品や土木建築の世界です。
工事では設計図を含む工事の詳細を定めた「特記仕様書」のほか、それぞれの省庁や自治体が使う「共通仕様書」があり、これらの仕様書に基づいて構造物を作ったり解体したります。よく耳にするJIS規格も一種の仕様ですね。安全、命に係わる分野だけに、仕様が優先される世界です。
元土木エンジニアの中の人は、刺繍製品にも独自の「仕様」を作ることで、製作やご注文の流れをスムーズにする取り組みをしている、というわけです。
仕様を作るということは=独自のノウハウを開示することですから、技術情報が洩れるというリスクもあるので、プラス要素ばかりとは言い難いではあります。また、細かい条件となる仕様を読んでいただきにくい事もあり、完全な問題解決には至っていないのですが…
PDCAサイクル
また、アイディア=すなわち仕様というわけではありません。
アイディアを絞り出す事自体が大変な事ですが、アイディアを形にする…つまり仕様としてまとめあげるまでには、想像以上に大きな手間がかかります。
なぜ手間がかかるのか。それを理解するのがPDCAサイクルという考え方です。
PDCAサイクルは私自身大事にしている概念で、計画(PLAN)、実行(DO)、点検(CHECK)、改善(ACTION)のループで物事を進める考え方です。
PDCAサイクルは古いという考えもありますが、物事の進め方の基本概念であり、たいへん応用範囲が広いと私は思います。
たとえば私のライフワークであり、そのうちきちんと副業化(もしかすると本業に)したいと考えている漫画の執筆では、様々な部分でPDCAサイクルが役立ちます。
漫画の設計図たるネームの作成は、まさにPDCAサイクルそのものです。また、作画中もやはりPDCAサイクルが働きます。
物語の構成にも、PDCAサイクルを当てはめることができます。
物語の構成と言えば起承転結が思いつきますが、私は「起承転結」の承の必要性がイマイチ理解できません。
起承転結をPDCAサイクルに置き換えて考えれば、承(DO:実行)の重要性がわかります。やってみる。チャレンジしてみるという、大事な要素と考えることができます。
たとえば漫画の起承転結=PDCAサイクルに当てはめると、以下のようになります。
- (PLAN)サ〇ヤ人が攻めてくる。地球やべぇ
- (DO)戦ってみた。ヤ〇チャとか死んでしまう…
- (CHECK)このままじゃ勝てない。どうする?
- (ACTION)食い止めチーム、修行チーム、ドラ〇ンボール収集チームに分かれて戦う
一つのPDCAサイクルが完結したらフ〇ーザ様が来て、新たなPDCAサイクルが始まるという具合です。
純粋なPDCAサイクルというよりも、解決できない部分(オチ)という余白を残すイメージですね。
ガ〇パンとかラブ〇イブも「学校が廃校になる」という問題を阻止するという大きなPDCAサイクルをベースに、それぞれのキャラクターが抱える問題を解決する小さないPDCAサイクルが廻っています。
人は問題解決に共感を得やすいとも考えることができますし、問題解決に賃金が発生したものがビジネスということも納得がいきます。
漫画やアニメの話になっちゃいましたが(笑)、PDCAサイクルは応用範囲が広いという事をご理解いただけましたでしょうか。
仕様=PDCAサイクルが完結したもの。
私が考える刺繍の仕様とは、PDCAサイクルがほぼ完結しており、製品として出してもほとんど問題が発生しないものです。
に少し前に「なぜ線は0.7mmか」という事を紹介しましたが、これも私なりのPDCAサイクルを経て得た仕様の一つです。同業者間で数値だけが独り歩きをしているならば、とても残念でもあります(走り縫いならもっと細い線はできますからね)。
刺繍パッチ:線の太さ1mm以上(最低0.7mm)必要ですが条件次第でもっと細い線も縫えます。そして技術的個性の話
もちろん運用の過程で新たな問題が発生することはありますが、その時はまた新たなPDCAサイクルで解決することになります。
たとえば数年前に仕様に加えた「クリップ・安全ピン処理」というものがあります。
この処理では納品直後(使用中)にパーツが外れてしまうトラブルが続出してしまい、回収して再処理したものでもあります。新しいアイディアにより強固に取り付けることができたため、自信を持って提供できる「仕様」に組み込むことができたわけです。
【例】より細い糸は使えるか?
アイディア(PLAN)が形になっていない、PDCAサイクルが廻っていないならば、いわゆる「企画倒れ」という事になります。
また、形にできたとしても、耐久性や工程、用途、費用対効果など製造するうえで何らかの問題を抱えている場合、PDCAサイクルを完結した仕様とは言い難いのです。
また、形にできたとしても、耐久性や工程、用途、費用対効果など製造するうえで何らかの問題を抱えている場合、PDCAサイクルを完結した仕様とは言い難いのです。
ここで一つの例を紹介しましょう。
結構な頻度で友人やお客様から「通常使っている物よりずっと細い糸や針を使えば、今よりもずっと高精度な刺繍製品を作るのでは?」と持ちかけられることがあります。
理論上は可能ですが、実際にできるかは別の話です。
まず「針折れの懸念」「糸が細く(弱く)なるため糸切れが増えるリスク」「針数が増えることなどによるコスト増」が想定されます。
針折れは安全に関わる問題ですから、何としても防ぎたいものです。針折れや糸切れを防ぐために低速運転をせざるを得なくなるかもしれませんし、トラブル防止のためにオペレーターがつきっきりになってしまうかもしれません。
今後、機材や材料の性能向上で対応できる時が来るかもしれませんが、いち刺繍店が解決できることでもありません。
糸が細くなる=縫いの量(針数=縫い時間)が増えるので、縫い単価も上がります。また、細い針に付け替える手間賃も上乗せせざるを得なくなります。
こうして出来上がった製品が、「織り」や「プリント」など細かい再現ができる既製品と、コスト面で張り合えるか疑問が残ります。
とはいえ机上の空論ですから、試す(=PDCAサイクルを廻す)必要はあります。
しかしながら、上記のような想定リスクが多すぎるので、余力のある時に腰を据えて研究する分野(すぐには対処しない。できない分野)ということになります。
刺繍パッチ・ワッペン製作は趣味性の高い仕事であり、マニアックな要望に対応する事は重要だと思っていますが、マニアが占有する業態は疲弊しがちという傾向もあります。
また、特殊なご依頼よりも仕様に沿ったご依頼のほうが、明らかに収益化しやすいという本音はあります。
仕様外の製作とは
さて、今回のコラムで最も書きたかった事は「仕様外」に関してです。
仕様外とは文字どおり仕様に記載されていないものの事で、重度のものは無茶ぶりとも言います(汗)
ありがちな仕様外のご依頼とは
・デザインを作ってほしい
・複数の図案を組み合わせてデザインを作ってほしい
・写真からデザインを起こしてほしい
・材料を取り寄せて作ってほしい
・特殊な裏面処理
などがあります。
デザインや写真から起こす刺繍に関しては、直感的に「できそう」と思うこともたしかにありますが、すべてできるわけではありません(たぶんできて1~2割くらい)。基本的にデザイン事務所ではありませんからね…。
このためお客様側で製作するか、別途デザイナーさんや絵が得意な人にお願いしていただきたいと思います。やった事がある人にしかわかりませんが、図案の組み合わせは想像以上に難しいく、手間がかかる作業なのです。やはりデザインが得意な人(デザイナーさん)に依頼するのが一番です。
新しい材料を使う場合、実際に仕入れたうえで、施工性や耐久性など検討する必要があります。
仕入れた材料は使えなかったり、途中で頓挫してしまえば不良在庫です(余った材料は次何かに使えばいいと考えがちですが、刺繍糸などは湿気などで劣化するので、いつまでも使えるわけでもありませんし、そのままお蔵入りになることが多いです)。
仕様外の製品(試作物)を作るにも、仕様を作るのと同様なPDCAサイクルが発生しています。
試作物を作るためのPDCAサイクルを廻すために、数万円単位の開発コストがかかる事もめずらしくはありませんが、そのコストをすべてを請求できるというものでもありません。
特に一定程度知識を有しているマニアの方や、パッチ・ワッペンのご注文をした事があるお客様に、仕様外のご注文をしがちな傾向があるように思います。今一度、仕様をご確認いただいたうえでデザインを製作、ご依頼いただきたいと思う次第です。
もちろん、仕様外のご依頼を一切受け付けないという事ではありません。
お客様のアイディアは大事にしたいという気持ちはありますし、仕様外へのチャレンジは、ものづくりの者にとっては実はたいへん興味をそそられる事でもあります。
とはいえ仕様に沿ったご依頼のほうが明らかに収益化しやすいので、仕様外のご依頼は優先できないという事情もご理解いただければと思います。
なお、整理整頓などは超絶苦手でどうしてもPDCAサイクルが作用しないのですがが……なぜでしょう(大汗)