刺繍パッチ・ワッペンをデザインする:ありがちな失敗と対策
こんにちは。メインの仕事は刺繍ですが漫画製作事業も着々に進行中のsacom worksです。
既に刺繍パッチ(刺繍ワッペン)をデザインしていただくうえで必要なルールを紹介していますが、本日は表題のとおり「刺繍パッチ・ワッペンのデザインでありがちな失敗」と、その対策を紹介していきたいと思います。
1.サイズを決めずにデザインしてしまっている。
2.既製品の刺繍パッチ(ワッペン)を見ていない
3.線が細すぎる(模様が細かすぎる)
3-2.細い線の例外その2:リアル系・立体刺繍について
4.色が複雑である
4-2.グラデーションの使用(できなくはないが荒い)
5.フチが設定されていない
6.小さなヘアピンカーブ
7.作れない図案である
1.サイズを決めずにデザインしてしまっている。
サイズを決めずに刺繍パッチ・ワッペンのデザインを起こすことは、土地の大きさ(広さ)を考えずに「何部屋作りたい」「リビングは何畳欲しい」とマイホームの要望を出しているようなものです。これでは建築士さんや職人さんは困ってしまいますね…。
最初に大きさを決めて、実寸で(またはわれ寸を意識して)デザインするようにしましょう。
ちなみに上記イラストをスマホで見た方は、「細かくてセリフが読めない」「細かいところがわかりづらい」って思われたと思いますが、糸と生地で模様を再現する刺繍では、大きさに対して細かすぎたら読めないどころか縫えないのです。
なお、大きければ大きいほど細かい刺繍パッチ・ワッペンを作ることができますが、単価は高くなります。
2.既製品の刺繍パッチ(ワッペン)を見ていない
オリジナル刺繍ワッペンを作る機会、そもそもワッペンに触れる機会がない方も多いのではないかと思うのですが、まずは流通している既製品を見ていただく事をお勧めします。
刺繍ワッペンがどのようなものなのか、よく観察してからデザインを起こすと吉です。以降の3~5までの理解も進みやすくなります。
これはデザインを真似てほしいという事ではなく、刺繍パッチ(ワッペン)がどんな質感なのか、どのくらいの太さの線が使われているのか、フチはどうなっているのかを見ていただきたいのです。
また、刺繍パッチ(ワッペン)のサイズ感を確認いただくためにも、既製品を見ていただくことは重要だと思います。
なお、印刷の世界では「塗り足しを付ける」「CMYKでデータを作る」「文字のアウトライン化」など共通仕様(ルール)がありますが、刺繍業界、特に細かい模様を作るパッチ・ワッペンには共通仕様があるわけではなく、作り手の技量や考え方に左右されるところが多いです。
たとえばsacom worksでは独自の仕様を設けていますが、他の刺繍業者様が準拠できるか(それを縫えるか)というと別の話です。たとえば後述するグラデーションについては私はあまり綺麗にできないと考えているので避けたほうがいい派ですが、お客様の要望(デザイン)優先と考える業者様もおります。
業者ごとの設計思想に個性があるのが刺繍パッチ・ワッペンの面白いところだと私は思うのです。
刺繍業者の個性の詳しいお話はこちらからどうぞ。
3.線が細すぎる(模様が細かすぎる)
線が細すぎる、または模様が細かすぎるために刺繍できないパターンで、「1.サイズを決めずにデザインしているケース」とも関連しています。
刺繍は糸と生地などの材料の組み合わせ再現する都合、縫える大きさ(線の太さ)には限界があるのです。無理をすれば縫えなくはない細さ(細かさ)もあるのですが、線がガタガタになったり模様のズレが増えたりして、あまり美しくない図案になってしまうのです。
「1.サイズを決めずにデザインしているケース」のイラストでは刺繍パッチを作ることは土木建築に似ていることを紹介していますが、たとえば柱や梁が貧弱だったり、空間を確保するために必要なところの柱を取っ払ってしまったら、安全な建造物にならないですよね(別の工法にすれば細い柱や梁を使うことも可能な場合もありますが、刺繍で例えるならば「織り「昇華プリント」に変えるようなものです。)
話が大きくなってしまいましたが、sacom worksでは通常「1mm以上」「最低0.7mm」「徐々に細くなるのは可(文字の払いのような感じ)」としています。
実はもっと細い線を縫う事は可能ですが、衣服の縫い目のような縫いで再現するため、模様が荒くなるったり、模様のズレが増えたりすることがあるので、使える場所は限定的です。
この手の細い線の縫いは、機械の再現に使う場合などではその荒々しさで良い感じに見えたりもしますが、キャラクターの顔や輪郭の表現では、柔らかさや精密さは失われてしまいます。
文字についても同様で、線の太さが最低0.7mmあれば可です。太めの書体であれば一般的にはかなやアルファベットで5mm以上、漢字で10mm以上を目安にデザインすると良いです。
なお、文字や模様に縁取りを入れるデザインも多く見かけますが、文字等の縁取りも同様に1mm幅の縁取りを設定する必要があります。
しかしながら、文字に縁取りを入れるケースでは、糸同士が噛み合うので、強調するつもりが「模様のぼやけ」になりがちなので、刺繍パッチ(ワッペン)に関しては、できるだけ避けたほうが良いデザインでもあります(文字が30mmくらいの大きなものであれば可)。
あと、あまりにも細かすぎる凝ったデザインは、細かすぎるゆえに割高になる傾向にあります。
3-2.細い線の例外その2:リアル系・立体刺繍について
下記のように刺繍糸の立体感で模様を再現したい場合は、細い線で描く、または背景を抜くなどしてください。(例:翼の再現など)
4.色が複雑である
色にもこだわりを作ることでデザイン性に優れた刺繍パッチを作れるように感じますが、色が多いことで単価が引き上がったり、材料を調達できない場合があります。
刺繍糸は600色前後あり、また、メーカーが複数ある中で選択できますが、全く同じ色がないとか、背景色に難しい色を配置してしまったために、単価が大きく上がったり、模様が崩れる原因となることもあります。
刺繍パッチ、特にシンプルなデザインの図案については、背景色はできるだけシンプルなものにするか、こちらのページに掲載している色から選ぶのが吉です。
なお、衣類などに共通して言えることですが、白など明るい色から最初に痛みがちです。
4-2.グラデーションの使用(できなくはないが荒い)
糸で再現する都合、「グラデーション」はあまり綺麗にできません。
模様が荒く見えるので私はお勧めしないだけであり、全くできないわけではありません。
ミリタリーや航空関係のパッチを集めた書籍などでも、グラデーションが多用された作品を目にすることもあり、グラデーションを使うことで「美しい」と評価する向きもあるので一概に良し悪しと言えないのですが、いち作り手としては実物を手にとった時、模様の粗さのほうが際立って見える印象があるので、使える条件が難しいと考えています。
たとえば、薄い水色→水色の似た色同士の平面的なグラデーションであれば、違和感なく再現することはできそうでが、青→水色だと、荒さが目立つようになります(正直、やってみないとわからないところでもあります。)
また、球体などの複雑なグラデーションの再現は、刺繍での再現に不向きで、もしやったとしても平面的なグラデーションよりも荒くなります。この手のグラデーションは色数が大幅に増えてしまうので、荒い割にはコストが高くなりがちです。刺繍パッチ・ワッペンのデザインに球体などの立体的なデザインを盛り込むメリットはあまり見込めないのです(球体などの複雑なグラデーション企業ロゴなどにありがちなので、もしユニフォームなどに刺繍を想定している場合はデザインに取り入れることは避けたほうが良いです。その手の図案を”そこそこに”縫える業者は、だいぶ限られていいると思いますので)。
5.フチが設定されていない
刺繍パッチ(ワッペン)の外側には、ほつれ止めの加工が必要です。
試しに流通している刺繍パッチ・ワッペンを手に取ってみてください。何らかの縁取りが縫われているはずです。
縁取りの処理の方法にはいくつかあります。加工の方法が刺繍店ごとの特徴となるような、ある種の技術が集約される部分でもあります。
sacom worksでは美しくかつ耐久性を両立させるうえで3mm幅の縁取りが必要です。
お客様のデザインで縁取りが細かったり(太すぎも推奨できません)、設定されていない場合はこちらで縁取りを設定させていただくことがあります。
なお、角のある縁取りの場合、角をちょっとだけ丸めることを推奨しています。
ピン角(鋭い角)にこだわるお客様もいらっしゃるのですが、角の部分がストレスがかかり痛んでくるので、その点はご了承ください(ピン角に関わらず、刺繍パッチで最初に痛むのは縁取りです)
6.小さなヘアピンカーブ
全く作れないことはないですが、ヘアピンカーブがある模様や文字は模様が崩れやすいという傾向があります。たとえばimpactなどの太い書体はヘアピンカーブがあるので、書体の大きさが5mm程度と小さい場合、再現性が低くなることがあります。
7.作れない図案である
これは技術的な話ではなく、著作権その他法律に抵触するもの、または運用上問題があるものについてです。
反社会的勢力に関するものや、アニメやゲームのキャラを使っている、企業ロゴや実在する組織のロゴや名称を第三者が使う等が、作れない図案の例です。
二次創作(パロディ)の場合であっても基本的にNGで、そのコンテンツに二次創作ガイドラインが明示されていることが製作の条件となります。
また、実在する組織等の名称や略称が使われた図案も、その関係者でない場合は受付できません。関係者の方からのご注文の場合、関係者であることの確認がとれていない場合を除き、関連施設への郵送となります。
クローズドイベント(サバゲーフィールドなどで使う)で使うもののみに関し、架空のものとわかるご当地LEの受付は可能です。
軽微な修正は問題なしです。まずはお問い合わせください。
以上、刺繍パッチ(ワッペン)のデザインにありがちな失敗と解決方法を紹介しました。
全く意識せずに図案を作成された場合、製作不可と判断せざるを得ない場合もあるので、できるだけ上記を踏まえてデザインいただけると、よりスムーズにイメージどおりのワッペンに仕上げることができるのではないかと思います。
図案を拝見させていただいたうえで、「この部分は細すぎるので、刺繍データ作成の段階で修正させていただきます」などの調整させていただく事も可能ですので、「完全データでないとダメなのか」と気負わずに、お気軽にお問い合わせいただけると幸いです。
とはいえあまりにも修正点が多すぎるとお断りせざるを得ないので、デザインを手掛けるさいは意識していただけると幸いです。